国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学

プレスリリース

2019年5月17日
Press Release

世界で初めて、50年間にわたり課題とされてきた化学反応に成功、シアル酸の立体選択的結合反応(α結合のみの合成)を実現

科学論文誌「Science」に掲載、岐阜大学研究推進・社会連携機構 生命の鎖統合研究センター

岐阜大学研究推進・社会連携機構 生命の鎖統合研究センターの河村奈緒子特任助教、安藤弘宗教授らの研究グループは、癌やインフルエンザに関わる、シアル酸含有糖鎖を確実につくる画期的な方法を、11年にわたる研究により世界で初めて […]

岐阜大学研究推進・社会連携機構 生命の鎖統合研究センターの河村奈緒子特任助教、安藤弘宗教授らの研究グループは、癌やインフルエンザに関わる、シアル酸含有糖鎖を確実につくる画期的な方法を、11年にわたる研究により世界で初めて開発しました。(図1) 岐阜大学が強みとする、「糖鎖」の研究が、今回、世界をリードする研究成果に結実しました。 シアル酸含有糖鎖を大量につくる事ができると、様々な生命現象や感染・疾患の解明、ワクチンや医薬品開発の研究などに役立ちます。 この研究成果の論文”Constrained Sialic Acid Donors Enable Selective Synthesis of α-Glycosides”が科学論文誌「Science」に5月17日(金)3時(日本時間)に掲載されました。

<本研究のポイント>

・シアル酸の完全な立体選択的結合反応を開発し、50年来の課題とされてきた、α結合のみのシアル酸合成法を確立

・様々な分子とシアル酸を結合させられることを実証、O-グリコシドや、ワクチン開発に有用なC-グリコシドの合成にも成功

・従来法では化学合成が不可能であったガングリオシド(糖脂質)や、世界最長のシアル酸5量体の合成にも成功

 

シアル酸(酸と書いてありますが、糖の一種です)はヒトの体においては細胞の表面の糖鎖に存在しており、免疫などにおける細胞間のコミュニケーションにおいて重要な役割を果たします。また一方で、細菌やウイルスはシアル酸を有する糖鎖を標的として感染します。そのため、医薬開発の対象として重要な分子です。シアル酸が他の分子と結合する時は、水平方向に手を伸ばす場合と垂直方向に手を伸ばす場合の二つの場合があります(図1)。不思議にも天然の糖鎖には水平方向で結合したシアル酸(α結合のシアル酸)しか存在しません。しかし、これを人工的につくろうとすると、もう一つの垂直方向で結合したシアル酸(β結合のシアル酸)ばかりができてしまうという深刻な問題がありました(図2)。そのため、薬剤やワクチン開発に必要な、α結合のシアル酸を人工的に完全に作り分ける(化学合成する)ことが50年来の難題で、誰も成功していませんでした。

これは、新たな化学結合を作る時には、常に垂直、水平のどちらにも手を伸ばすことが出来るという性質をシアル酸が持つためです。そこで、安藤教授らが発想したことは、垂直方向に手を伸ばせないようにシアル酸に細工を施すことでした。垂直方向(この場合は、シアル酸の上面)に手が伸ばせないような、壁となるような細工が可能であれば、出来てくる結合は水平方向に完全に限定されると考えたわけです。実際には、シアル酸の上面で、離れた原子同士(酸素と窒素)を炭素の鎖(水色)で繋いだ橋架け構造をもつ「橋架けシアル酸」を開発しました。この「橋架け部分(架橋部と呼びます)」の炭素の鎖が壁となり、予想通り水平方向の結合(α結合)のシアル酸のみをつくる夢が実現しました(図2)。

 

●橋架けの検討

本研究において、どのような形の「橋」をシアル酸に架けたら良いか、の検討が最も重要なポイントでした。まずは、橋の長さが重要であると着眼し、図3のように架橋部の長さが少しずつ異なる「橋架けシアル酸」を調べました。その結果、予想通り、架橋部の長さが短すぎても長すぎても非効率となることが分かり、中間の長さ(16員環を与える架橋部)の場合に、ずば抜けた結果が得られることを確認しました(図3)。更に改良を試み、2つの塩素原子を結合させた架橋部が最も優れていることを見出しました。

 

●あらゆるシアル酸含有化合物を合成

従来法は、化学合成できるシアル酸含有化合物の種類が限られていることが課題でした。今回開発した橋架けシアル酸を用いる合成法では、様々な分子にα結合でシアル酸を結合させることが可能であると証明しました。しかも、極めて高効率(収率にして84%以上)で化学合成が可能でした。これらの合成過程で、不要なβ結合のシアル酸含有化合物は一切合成されません(図4)。

 

●ワクチンの開発に有用な化合物を開発

今回の開発は、天然に存在する、酸素原子を介したシアル酸結合分子(O-グリコシド)だけでなく、天然には存在しない、炭素原子を介したシアル酸結合分子(C-グリコシド)の合成も可能にしました(図5)。O-グリコシドとは異なり、C-グリコシドは体内の加水分解酵素への耐性を持つため、ワクチンの開発などに役立つ可能性があります。

 

●ガングリオシド(糖脂質)の合成に成功

細胞上には糖鎖と脂質が結合した、「糖脂質」が存在しますが、その中でもガングリオシドはシアル酸を持つ糖脂質のことで、これまでに100種類以上が確認されています。特に脳神経系に豊富に存在しており、神経機能を調節する働きだけでなく、インフルエンザやアルツハイマー病においても重要であることが分かっています。ガングリオシドの合成はシアル酸含有化合物の合成の中でも最難関の課題の1つとされてきました。本研究では、橋架けシアル酸を利用することで、糖脂質に対してシアル酸を直接的に結合させることに初めて成功しました。

それだけではなく、橋架けシアル酸の架橋部を上手く切る方法を見出したため(亜鉛、酢酸による処理)、切断後に現れるアミノ基(NH2)に(図6の[ ]の部分)に様々な修飾をすることが可能となり、従来法と比較して合成の柔軟性も飛躍的に高くなりました。本研究では、アセチル、グリコリル、フコシルグリコリルで修飾したガングリオシドを合成することに成功しました(図6)。

 

●シアル酸多量体(5量体)の合成に成功

細胞上には糖鎖とタンパク質が結合した、糖タンパク質も存在し、特にシアル酸を多数持っている糖タンパク質は、神経の発達において重要です。そこで、今回開発した橋架けシアル酸を用いて、最も合成が難しい、シアル酸の多量体に挑戦しました。この目標を実現するために、橋架けシアル酸同士を結合させる手法を開発しました。これによって5つのシアル酸が連結した、現時点では世界最長のシアル酸5量体を合成することに成功しました(図7)。

 

●発明の意義

今回開発した合成法により、α結合のシアル酸含有糖鎖のみを大量に有機合成できるようになると、「糖鎖」が関与する生命現象の解明や、「糖鎖」が関与する感染・疾患の解明、ワクチンや医薬品開発の研究に役立ちます。岐阜大学研究推進・社会連携機構 生命の鎖統合研究センターでは、「糖鎖」研究を基軸に、学内に揃う各研究分野のエキスパートによる異分野融合研究を推進しています。今回の開発により、岐阜大学の「糖鎖」研究はさらに推進し、更なる成果に結実すると期待されます。

●岐阜大学が培ってきた糖鎖合成の知見・技術

本研究のような複雑なシアル酸含有糖鎖の化学合成ができる研究グループは、世界でも岐阜大学以外にはほとんどありません。岐阜大学はおよそ50年にわたる糖鎖合成の歴史と実績があり、これまでに1000種類以上の糖鎖の合成に成功するなど、糖鎖の化学合成の豊富な知見と技術を培ってきました。今後もその知見と技術を活かして、多彩な糖鎖を化学合成することで、様々な疾患の原因や治療法および未知の生体メカニズムの解明につながることが期待されます。

【論文情報】
掲載雑誌: Science
タイトル: Constrained Sialic Acid Donors Enable Selective Synthesis of α-Glycosides
(シアル酸含有化合物の新たな合成法を報告)
論文著者:河村奈緒子+[a], 加藤慶一[b], 宇田川太郎[c], 浅野早知[b,d], 田中秀則[a,d], 今村彰宏[b,d], 石田秀治[a,b,d], 木曽真[b,e], 安藤弘宗*[a,d,e] (+:筆頭著者、*:責任著者)
[a] 岐阜大学 研究推進・社会連携機構生命の鎖統合研究センター (G-CHAIN)
[b] 岐阜大学 応用生物科学部
[c] 岐阜大学 工学部化学・生命工学科
[d] 岐阜大学 連合農学研究科
[e] 京都大学物質-細胞統合システム拠点 (iCeMS)
掲載日: 2019年5月17日(金)3時(日本時間)
DOI:10.1126/science.aaw4866