国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学

プレスリリース

2018年12月17日
Press Release

世界初、ギランバレー症候群先行感染菌の糖鎖の化学合成に成功 ~ギランバレー症候群の発症メカニズムや治療法の解明に繋がる研究成果~

欧州の化学論文誌“Chemistry A European Journal”に掲載

「ギランバレー症候群」は10万人に1~2人の割合で発症する自己免疫疾患です。患者は運動神経が障害され、重症の場合は全身の麻痺や呼吸不全を来たし、治療後も2割程度の患者には深刻な後遺症が残ります。その先行感染菌の1つとして […]

「ギランバレー症候群」は10万人に1~2人の割合で発症する自己免疫疾患です。患者は運動神経が障害され、重症の場合は全身の麻痺や呼吸不全を来たし、治療後も2割程度の患者には深刻な後遺症が残ります。その先行感染菌の1つとして「カンピロバクターjejuni(ジェジュニ)」の存在が知られています。このたび岐阜大学 生命の鎖統合研究センター長・応用生物科学部 石田秀治教授、応用生物科学部 今村彰宏准教授、生命の鎖統合研究センター 田中秀則助教らの研究グループは、カンピロバクターjejuniの糖鎖を世界で初めて化学合成することに成功しました。この研究成果はギランバレー症候群の発症メカニズムや治療法の解明に繋がると考えられます。この論文が欧州の化学論文誌“Chemistry A European Journal”に、日本時間の12月14日に掲載されました。
( 記事URL https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/chem.201804862 )

※アイキャッチ画像は筋肉の軸索表面の糖鎖(ガングリオシドGM1)を抗体が攻撃するイメージ

 

●ギランバレー症候群の原因仮説と今回化学合成した糖鎖の意義

カンピロバクターjejuniの表面に存在する糖鎖は、筋肉に神経信号を伝達する軸索の表面に存在する糖鎖であるガングリオシド(ガングリオシドGM1)と一部の構造が似ています。そのため、カンピロバクターjejuni(抗原)に感染したときに体が生み出す抗体が、軸索表面のガングリオシドを抗原と誤って攻撃することで、筋力が低下し、自己免疫疾患であるギランバレー症候群を発症すると考えられています(糖鎖相同性仮説)。カンピロバクターjejuniの糖鎖は、微量にしか存在せず、多様性があり、混入物を避けてこの糖鎖だけ取り出して実験をすることが困難です。そこで今回、化学合成した糖鎖を実験に用いることで、カンピロバクターjejuniを原因とするギランバレー症候群の発症メカニズムの解明(糖鎖相同性仮説の裏付け)、ひいては治療法の解明に繋がると考えられます。

図 カンピロバクターjejuniの糖鎖(a)とガングリオシドGM1(b)

 

●難易度が高い複雑な糖鎖の合成

糖鎖は核酸やペプチドのように自動合成をすることができません。糖鎖の合成は基本的には糖と糖をグリコシル化反応で結合させて構造を作ります。糖鎖の化学合成においては、α型とβ型※1の作り分けや、複雑な分岐構造など、難易度が高い合成を積み重ねる必要があります。今回合成した糖鎖は複雑な構造であり、100以上に及ぶ化学合成の工程を要します。1つずつ化学合成の試行錯誤を積み重ね、およそ15年かけて実現しました。

 

今回合成したカンピロバクターjejuniの糖鎖(高度に分岐したリポオリゴ糖(LOS))は、グルコース、ガラクトース、ガラクトサミン、シアル酸などの部品によって構成されています。これらの部品は、基本的に市販の単糖類から調製しました。しかし、LOSの主要成分である、L-グリセロ-D-マンノ-ヘプトースや、3-デオキシ-D-マンノ-2-オクツロン酸(KDO)などの希少糖は、市販されているものの非常に高価なため、単糖そのものを合成する必要がありました。また、今回の合成で最も難しいのは、高度に分岐した糖鎖を作り上げることです。上述した単糖の部品を、立体化学を制御しながら、目的の位置の水酸基でつなぎ合わせる必要があります。さらに、シアル酸やKDOのα-結合を作ることは糖鎖合成の中で最も難易度が高く、高度な技術が必要です。この課題は、我々の研究室がこれまでに培ってきた合成技術(特にシアル酸の化学合成技術)を駆使することで解決することができました。その結果、高度に分岐したカンピロバクターjejuniのLOS糖鎖の合成に世界で初めて成功しました。

※1 α結合とβ結合 ・・・糖の水酸基(OH基)が糖構造の平面より下向きにあるものをα型、上または横向きにあるものをβ型と呼びます(※例外もあります)。α型の水酸基で結合した構造がα結合、β型の水酸基で結合した構造がβ結合と言います。

 

●岐阜大学が培ってきた糖鎖合成の知見・技術

このような複雑な糖鎖を合成できる研究室は、世界でも岐阜大学以外ではほとんどありません。岐阜大学はおよそ50年にわたる糖鎖合成の経験があり、これまでに1000種類以上の糖鎖誘導体の合成に成功するなど、糖鎖合成の豊富な知見と技術を培ってきました。その知見と技術を活かして、今後も多彩な糖鎖を化学合成し、様々な疾患の原因や治療法および未知の生体メカニズムの解明につなげることが期待されます。

 

【論文情報】

掲載雑誌: Chemistry A European Journal

DOI: 10.1002/chem.201804862

タイトル:Synthesis of the Core Oligosaccharides of Lipooligosaccharides from Campylobacter jejuni: A Putative Cause of Guillain–Barre Syndrome

(カンピロバクターjejuni由来のリポオリゴ糖のコアオリゴ糖の合成:ギラン・バレー症候群の推定発症原因)

論文著者:吉田文+[a],吉仲宏揮+[a],田中秀則+[b],花島慎弥[c],山口芳樹[c],石原幹生[a],三郎丸みゆき[a],加藤裕貴[a],齋藤里紗[a],安藤弘宗[b],木曽真[a],今村彰宏*[a],石田秀治*[a, b]( +:equal contributionによる筆頭著者、*:責任著者)

[a] 岐阜大学応用生物科学部

[b] 岐阜大学研究推進・社会連携機構生命の鎖統合研究センター

[c] 理化学研究所 理研グローバル研究クラスター 構造糖脂質研究チーム、システム糖脂質研究グループ

掲載日:2018年12月14日(金)(日本時間)