国立大学法人 岐阜大学

プレスリリース

2019年2月26日
Press Release

新種の超原子核(二重ラムダ核)を発見―中性子星の内部構造の謎に迫る―「美濃イベント」と命名

日・韓・米・中・独・ミャンマーの6カ国24大学・研究機関の総勢103名からなる研究チーム

岐阜大学教育学部・工学研究科 仲澤和馬シニア教授のグループをはじめとする日・韓・米・中・独・ミャンマーの6カ国24大学・研究機関の総勢103名の研究者・大学院生からなる研究チームは、大強度陽子加速器施設(以下、J-PAR […]

岐阜大学教育学部・工学研究科 仲澤和馬シニア教授のグループをはじめとする日・韓・米・中・独・ミャンマーの6カ国24大学・研究機関の総勢103名の研究者・大学院生からなる研究チームは、大強度陽子加速器施設(以下、J-PARC)を利用した国際共同実験 (J-PARC E07実験)で、ベリリウム(Be)原子核を芯とする新種の二重ラムダ核を発見し、「美濃イベント(MINO event)図1」と命名しました。二重ラムダ核とは、通常は、陽子と中性子でできている原子核に、ストレンジクォーク*1を含む「ラムダ粒子*1」が二つ入った超原子核です。現代物理学の大きなテーマは、物質を構成する素粒子「クォーク」に働く力の性質と仕組みの解明であり、その中で課題の一つが二重ラムダ核の研究*2で、二つのラムダ粒子が入ったことによる超原子核の質量変化の測定により、ラムダ粒子間に働く力の大きさを定量的に知ることです。この種の超原子核の発見は二例目で、最初のもの(「長良イベント・図2」)もこのグループが発見していました。ヘリウム4(He4)を芯とする二重ラムダ核(陽子2個、中性子2個、ラムダ粒子2個からなる)である長良イベントの発見により、ラムダ粒子間に働く力が引力であることが分かりましたが、今回の発見でもラムダ粒子間に働く力が引力であることが確認されました。二重ラムダ核検出をねらったE07実験は、J-PARCを用いることにより、過去の実験の100倍のデータを取りためることができました。今回発表する成果は、その解析による成果の第一弾です。今回の解析の成功は、今後、取りためたデータを解析すれば、芯となる原子核が異なる様々な二重ラムダ核が発見でき、それらの質量変化の測定から、ラムダ粒子間に働く力の知見が確実に増えることを意味するものです。それは、はるか宇宙の中性子星*3の内部構造の解明につながります。今後の解析にご期待ください。本研究成果は、日本時間2019年2月22日出版の日本物理学会が刊行するオンラインオープンアクセス国際月刊誌『Progress of Theoretical and Experimental Physics』に掲載されました。

 

【研究成果のポイント】
・ストレンジクォークを持つ、100億分の1秒という短寿命のラムダ粒子二つを含んだ新しい超原子核(二重ラムダ核)の生成・崩壊を発見した。
・発見した二重ラムダ核(「美濃イベント(MINO event)」と命名、図1)はBe原子核を芯とするものであり、我々が2001年に発見したHe4原子核を芯とする「長良イベント」(図2)とは異なる全く新しいものである。
・美濃イベントの発見は芯の相違に伴う二重ラムダ核の質量変化の違いから、ラムダ粒子間に働く力の詳細を調べる第1歩である。
・今後さらにたくさんの二重ラムダ核の発見が期待され、力の詳細が明らかになれば、膨大な数のラムダ粒子が存在する可能性のある中性子星(超巨大な原子核)の構造解明に結びつくものと期待される。
・これは、はるか宇宙の中性子星の構造解明に、加速器を使った地上実験で迫るものである。

【背景】
我々の身の回りにある物質は、原子、原子核、ハドロン、クォークという階層構造からなっていると考えられており、現代物理学の大きなテーマは、これらの粒子間に働く力の性質とその仕組みを明らかにすることです。こうした中で重要な課題とされてきたのが、ラムダ粒子が二つ入った様々な種類の二重ラムダ核を生成し、ラムダ粒子間に働く力をその質量変化として測定することです。ラムダ粒子はストレンジクォークという3番目に軽いクォークを含んだ、100億分の1秒という短寿命の粒子です。ラムダ粒子間に働く力は、理論的にも極めて重要な研究対象でありながら、その短寿命さゆえの実験的困難さから、2001年の長良イベントまで実験データはほとんどありませんでした。
一方で二重ラムダ核の研究は、超新星爆発後に形成される天体、「中性子星」の研究とも密接に関連があります。中性子星の中心部は、強力な重力により原子核の数倍に相当する超高密度になっていると考えられています。このような極限的な環境では、ラムダ粒子が自発的に発生して存在する状態がエネルギー的に安定であるかもしれないと考えられています。つまり中性子星は天体規模の超巨大な原子核で、二重ラムダ核は地上の小さな中性子星と言えます。ラムダ粒子同士に働く力の詳細が分かれば、中性子星内でどのような密度条件でラムダ粒子が発生するのか、それによって中性子星内部の圧力がどのように変化し、どのような質量やサイズの中性子星が形成されるのかという謎に手がかりが与えられると期待されています。

【概要】
2016-17年にJ-PARCハドロン実験施設で行った加速器実験(E07)の解析において、Be原子核を芯とした新種の二重ラムダ核(陽子4個、中性子4~6個、ラムダ粒子2個からなる:図3)を発見し、二つのラムダ粒子を注入することによる質量変化を定量的に求めました。この事象を岐阜県南部の実り豊かな土地柄にちなんで「美濃イベント」と命名しました。

E07実験では、J-PARCハドロン実験施設で高純度な1130億個のK-中間子のビームをダイヤモンド標的(3[縦]×5[横]×3[厚]cm3)に当て、そこで作られるストレンジクォークを二つ持つグザイマイナス粒子を1500枚の特殊な写真乾板に照射しました。この実験の目的は、グザイマイナス粒子が乾板中の原子核に吸収されてできる二重ラムダ核の生成・崩壊の様式を光学顕微鏡を用いて検出・観察し、種々の二重ラムダ核の質量を測定し、ラムダ粒子同士の間に働く力を測定することです。実験の原理を図4に示します。
二重ラムダ核の確固たる検出・測定例は、その技術的困難さから、2001年の1例(長良イベント、図2)しかありませんでした。この事象は、He4原子核を芯とする最も基礎的な構造で、He4原子核とラムダ粒子の間に働く力のうちスピンなどによる効果は打ち消しあって無視できます。一方これとは別種の、新種の二重ラムダ核である美濃イベントでは、芯となるBe原子核の影響によって二つのラムダ粒子の混入による質量変化が長良イベントとは異なることが分かりました。長良イベントが質量変化の「物差し」の「原点」であるとすると、美濃イベントは物差し上の各種の二重ラムダ核へ理解を広げる初の発見といえます。
今後、他の種類の超原子核の発見を進めて「物差し」の目盛りを増やし、理論的研究の進展を促し、天体規模の巨大原子核=中性子星の内部構造の解明に結びつくものと期待されます。

 

【研究成果】
検出開始後の2ヶ月を経た2018年7月17日、岐阜大学教育学部4年生が二重ラムダ核特有の生成・崩壊を示す事象を検出しました。その後、大学院生(日本原子力研究開発機構(以下、JAEA)先端基礎研究センタ-研究開発アシスタント、京都大学・理学研究科)を中心に、あらゆる可能性について運動量やエネルギーの保存則が成り立つかどうかを評価したところ、この事象はグザイマイナス粒子が乾板中の酸素原子核に吸収され、電荷が4のBe原子核を芯に持つ二重ラムダ核(Be10二重ラムダ核、Be11二重ラムダ核またはBe12二重ラムダ核のいずれか)が生成したものであることが分かりました。さらに、この二重ラムダ核の質量変化を計測したところ、ラムダ粒子間に働く引力を定量的に求めることができました。Be10二重ラムダ核、Be11二重ラムダ核またはBe12二重ラムダ核の3種類の解釈について、それぞれの妥当性を評価すべく運動学にもとづいて統計的に解析したところ、Be11二重ラムダ核であることが尤もらしいことが分かりました。
この事象は、芯となる原子核の違いによってラムダ粒子の結合エネルギーに変化が起こったという初めての観測例で、多様な二重ラムダ核の理解を拡げる初の発見といえます。この事象を岐阜県南部の実り豊かな土地柄にちなんで「美濃イベント」と名付けました。美濃イベントにみられる二重ラムダ核の生成・崩壊のようすを図1に示しました。

 

【研究の経緯】
二重ラムダ核を百例規模で検出する実験の計画は2000年ごろから始まりました。高エネルギ-加速器研究機構(以下、KEK)の2.5倍の高純度なK-中間子ビームが期待できる米国BNL(Brookhaven National Laboratory)の加速器AGS (Alternating Gradient Synchrotron)に実験計画を提出し、これが2001年9月に採択されました(AGS E964実験)。しかしBNLの諸事情により、すべてのAGS実験が停止されE964実験も実施できませんでした。そこで建設開始が目前となったJ-PARCに実験計画を提出し、2007年1月に本実験がE07実験として採択されました。
ビーム照射に向けて、過去の3倍近く(2.1トン)の写真乳剤を使い、1500枚の大型写真乾板を大学院生らが手作業で半年かけて製作しました。また顕微鏡システムや解析プログラムを構築し、1500枚の大型写真乾板を数か月で現像するシステムの最適化を達成しました。
J-PARCは東日本大震災などのアクシデントに見舞われ、E07実験のビーム照射開始は当初の計画から遅延しましたが、製造した乾板をビーム照射に使うまで待機の3年間は、東大宇宙線研・神岡施設の地下空間に保管させていただき宇宙線による乾板の透明度の悪化を低減させることに成功しました。
E07実験のビーム照射は、採択から約10年後、2016年6月と、2017年4~6月に実施されました。J-PARCハドロン実験施設でKEKのおおよそ4倍の高純度なK-中間子のビームを利用でき、グザイマイナス粒子を写真乾板に照射しました。反応を記録した1500枚の写真乾板の現像は、ビーム照射後、大学院生らが手作業で7ヶ月間かけて完了しました。現像終了後の顕微鏡システムの最適化が終了した2018年5月から、岐阜大学とJAEAで本格的に二重ラムダ核探索を開始しました。同12月末時点で、美濃イベントを含む、過去の実験の2倍の二重ラムダ核の検出に成功しています。

 

【今後の展開】
二重ラムダ核の探索作業は引き続き継続中で、今後1年程度の間に過去の実験の10倍近い数の二重ラムダ核の検出を見込んでいます。この中から一意に核種が同定できる事象、さらにHe4やBe以外の原子核を芯とするさらに新種の二重ラムダ核の検出を期待しています。数多くの二重ラムダ核の検出により、原子核内ひいては中性子星内部で、グザイ粒子+核子と二つのラムダ粒子とが同時に存在するような混合状態の形成の有無(グザイ粒子と核子の質量の和とラムダ粒子2個分の質量との差は、高々1%程度しかないため、両方の状態が混じりやすくなります)などが明らかになるかもしれません。これらの実験データによって、理論的研究の進展を促し、中性子星内のラムダ粒子の存否をはじめとする内部構造の理解につながると期待されます。
また、二重ラムダ核を大量に検出するための新たな探索手法(全面探査法)を開発しています。図4で解説したように従来の方法では、グザイマイナス粒子の生成事象を電気的な信号を処理する複数の検出器で検出し、その情報を手掛かりにグザイマイナス粒子を乾板中で追跡して二重ラムダ核を探索していました。しかしこの方法は、電気的な検出器の有効な検出領域や事象再構成能力や、また【用語解説】の(2)式で示すような、今回の検出器では検出できない中性K0中間子を伴うグザイ粒子生成が検出できないことにより、乾板中に記録されている全ての二重ラムダ核事象の1割程度しか検出していないと考えられます。したがって乾板全面を顕微鏡で網羅的にスキャンして、二重ラムダ核の生成・崩壊に特有の分岐点を3つ以上持つ事象を画像認識技術によって探索すれば、さらに10倍すなわち過去の実験の100倍に相当する約千例の二重ラムダ核を検出できることになります。そのような全面探査システム(Vertex Picker [VP]と命名)の開発を推し進めており、実用化も間近です。

 

【用語解説】はプレスリリース(PDF)をご参照ください。

 

【論文情報】
雑誌名:Progress of Theoretical and Experimental Physics
タイトル:Observation of a Be double-Lambda hypernucleus in the J-PARC E07 experiment
著者:H. Ekawa1,2, K. Agari3, J. K. Ahn4, T. Akaishi5, Y. Akazawa3, S. Ashikaga1,2, B. Bassalleck6,
S. Bleser7, Y. Endo8, Y. Fujikawa1, N. Fujioka9, M. Fujita9, R. Goto8, Y. Han10, S. Hasegawa2,
T. Hashimoto2, S. H. Hayakawa2,5, T. Hayakawa5, E. Hayata1, K. Hicks11, E. Hirose3,
M. Hirose1, R. Honda9, K. Hoshino8, S. Hoshino5, K. Hosomi2, S. H. Hwang12, Y. Ichikawa2,
M. Ichikawa1,13, M. Ieiri3, K. Imai2, K. Inaba1, Y. Ishikawa9, A. Iskendir5, H. Ito8, K. Ito14,
W. S. Jung4, S. Kanatsuki1, H. Kanauchi9, A. Kasagi8, T. Kawai15, M. H. Kim4, S. H. Kim4,
S. Kinbara2,9, R. Kiuchi16, H. Kobayashi8, K. Kobayashi5, T. Koike9, A. Koshikawa1, J. Y. Lee17,
J. W. Lee4, T. Ma18, S. Y. Matsumoto1,13, M. Minakawa3, K. Miwa9, A. T. Moe19, T. J. Moon17,
M. Moritsu3, Y. Nagase8, Y. Nakada5, M. Nakagawa5, D. Nakashima8, K. Nakazawa8,
T. Nanamura1,2, M. Naruki1,2, A. N. L. Nyaw8, Y. Ogura9, M. Ohashi8, K. Oue5, S. Ozawa9,
J. Pochodzalla8,20, S. Y. Ryu21, H. Sako2, Y. Sasaki9, S. Sato2, Y. Sato3, F. Schupp8,
K. Shirotori21, M. M. Soe22, M. K. Soe8, J. Y. Sohn23, H. Sugimura24, K. N. Suzuki1,2,
H. Takahashi3, T. Takahashi3, Y. Takahashi1, T. Takeda1, H. Tamura2,9, K. Tanida2,
A. M. M. Theint8, K. T. Tint8, Y. Toyama9, M. Ukai3, E. Umezaki1, T. Watabe14, K. Watanabe1,
T. O. Yamamoto2, S. B. Yang4, C. S. Yoon23, J. Yoshida2, M. Yoshimoto8, D. Zhang18,
and Z. Zhang18
1 Department of Physics, Kyoto University, Kyoto 606-8502, Japan
2 Advanced Science Research Center, Japan Atomic Energy Agency, Tokai 319-1195, Japan
3 Institute of Particle and Nuclear Study (IPNS), High Energy Accelerator Research Organization (KEK), Tsukuba 305-0801, Japan
4 Department of Physics, Korea University, Seoul 02841, Korea
5 Department of Physics, Osaka University, Toyonaka 560-0043, Japan
6 Department of Physics and Astronomy, University of New Mexico, Albuquerque, New Mexico 87131, USA
7 Helmholtz Institute Mainz, 55099 Mainz, Germany
8 Physics Department, Gifu University, Gifu 501-1193, Japan
9 Department of Physics, Tohoku University, Sendai 980-8578, Japan
10 Institute of Nuclear Energy Safety Technology, Chinese Academy of Sciences, Hefei 230031, China
11 Department of Physics & Astronomy, Ohio University, Athens, Ohio 45701, USA
12 Korea Research Institute of Standards and Science, Daejeon 34113, Korea
13 RIKEN Cluster for Pioneering Research, Wako 351-0198, Japan
14 Department of Physics, Nagoya University, Nagoya 464-8601, Japan
15 RIKEN Nishina Center, Wako 351-0198, Japan
16 Institute of High Energy Physics, Beijing 100049, China
17 Department of Physics, Seoul National University, Seoul 08826, Korea
18 Shanxi Normal University, Linfen 041004, China
19 Department of Physics, Lashio University, Buda Lane, Lashio 06301, Myanmar
20 Institut für Kernphysik, Johannes Gutenberg-Universität, 55099 Mainz, Germany
21 Research Center for Nuclear Physics, Osaka University, Osaka 567-0047, Japan.
22 Department of Physics, University of Yangon 11041, Myanmar
23 Research Institute of Natural Science, Gyeongsang National University, Jinju 52828, Korea
24 Accelerator Laboratory, High Energy Accelerator Research Organization (KEK), Tsukuba 305-0801, Japan

論文公開URL:http://doi.org/10.1093/ptep/pty149

 

【研究支援】
本研究は以下の助成金の支援のもとに進めてまいりました。
1.平成14年-16年 (2002-2004) 基盤研究(B) 課題番号 14340069 研究代表者:仲澤和馬(岐阜大学)課題名『重ストレンジネス核によるハイペロン−ハイペロン相互作用の実験研究』
2.平成15年-19年 (2003-2007) 特別推進研究 課題番号 15001001 研究代表者:今井憲一(京都大学)課題名『ダブルハイパー核の研究』
3.平成19年-20年 (2007-2008) 公益財団法人 遠藤斉治朗記念科学技術振興財団 研究代表者:仲澤和馬 課題名『超厚型両面塗布写真乾板のための極薄フィルム高速表面処理技術の研究開発』
4.平成20年 (2008) 三菱マテリアル(株)岐阜製作所 岐阜大学における研究等助成 受領者:仲澤和馬
5.平成21年 (2009) 国立大学法人 岐阜大学 活性化経費(大型科研費取得支援)  受領者:仲澤和馬
課題名『ダブルハイパー核分光学の開拓』
6.平成23年-27年 (2011-2015) 基盤研究(S) 課題番号 23224006 研究代表者:仲澤和馬
課題名『エマルションによる大統計ダブルハイパー核生成実験』
7.平成24年-28年(2012-2016)新学術領域「実験と観測で解き明かす中性子星の核物質」・計画研究A01 課題番号:24105002 研究代表者:高橋俊行(KEK)
課題名『多重ストレンジネスのバリオン間相互作用』
8.平成28年-31年(2016-2019)基盤研究(A) 課題番号 16H02180 研究代表者:仲澤和馬
課題名『ダブルラムダ、グザイハイパー核による二重ストレンジネス相互作用の実験的研究』