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プレスリリース

2018年1月17日
Press Release

世界初、脊髄性筋委縮症患者の運動機能を定量評価する方法を開発、運動の「空間精確性」と「なめらかさ」を数値化、携帯情報端末のアプリで測定可能

国立大学法人岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科・同医学系研究科 加藤善一郎教授と同連合創薬医療情報研究科大学院生 松丸直樹博士(岐阜薬科大学グローバル・レギュラトリー・サイエンス寄附講座特任助教)は、脊髄性筋委縮症(S […]

国立大学法人岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科・同医学系研究科 加藤善一郎教授と同連合創薬医療情報研究科大学院生 松丸直樹博士(岐阜薬科大学グローバル・レギュラトリー・サイエンス寄附講座特任助教)は、脊髄性筋委縮症(SMA)患者の運動機能を、モーションキャプチャを活用した3次元動作解析により定量的に評価する方法を世界で初めて開発しました(特許申請済)。さらに、携帯情報端末を用いた3次元動作解析を可能にする新たな手法・専用アプリを開発できたことで、他の神経疾患等の運動機能評価や、老化予防の評価、スポーツ等にも広く簡便に応用することが可能となりました。本研究の論文が2018年1月22日に日本小児神経学会の英文誌「Brain and Development」に掲載される予定です。

<今回開発した運動機能を定量評価する指標>

【今回開発した評価方法の特長】
1.従来の運動機能評価では考慮できなかった「動作の質」を、「反復動作の空間精確性」と「動作のなめらかさ」に着目して数値化、評価に加味します。
2.必要なマーカー数を一つとすることで、臨床現場での実用性を高めました。この評価方法により薬の効果をより鋭敏に評価できるようになり、医薬品開発・臨床治験の促進が期待されます。既に、現在進行中の医師主導治験(日本医療研究開発機構AMED)において、評価項目の一つとして採用されています。
3.大掛かりで高価なモーションキャプチャ装置を用いなくても、本研究に伴い開発した専用アプリを用いることで、携帯情報端末(iPhone・AppleWATCH)での測定・評価も可能となりました。そのため、昨年9月に承認された新規SMA治療薬の効果判定などを含め、全国の臨床現場においてより簡便に活用できると考えられます。

【脊髄性筋委縮症(SMA)とは?】
全身の筋力低下と筋萎縮が発生する脊髄性筋委縮症(SMA:Spinal muscular atrophy)は、遺伝子異常を原因とし、脊髄の運動神経細胞の病変によって起こります。およそ10万人に1人~2人の割合で発症する、厚生労働省の指定難病(指定難病3)です。生後6か月未満で発症するI型(重症型)、生後6か月から1歳6ヵ月未満に発症するⅡ型(中間型)、生後1歳6か月から20歳以下で発症するⅢ型(軽症型)、20歳を超えてから発症するⅣ型(成人型)があります。体幹や四肢の筋力低下、筋委縮をもたらし、症状が進めば嚥下困難、呼吸不全などを起こします。一般に発症年齢が低いほど進行が速く、死亡率も高いです。有効な治療法は未確立です。

【従来のSMA患者の運動機能評価の課題の克服】
 SMA患者の治療のための新薬開発の臨床試験においては、運動機能改善の客観的・定量的な指標が重要です。従来のSMA患者の運動機能の評価方法は、その多くが、複数の動作ができる度合いを段階評価するものです。例えば“Modified Hammersmith Functional Motor Scale”という評価方法の第3項目は、「手を耳の上まで上げる(2点)」、「手を耳の高さまで上げる、頭を手のほうに曲げる(1点)」、「手を耳の高さまで上げられない(0点)」の3段階評価をするものです。これでは、薬によって症状が改善し、手を以前より高く上げられるようになったとしても、耳の高さに達しなければ同じ「スコア0」とされ、症状の改善を表すことができません。また患者の保護者や臨床医が感じている治療効果(例えば以前より動きが「なめらかになった」等)との差も大きく、治療意欲を維持させる点からも課題がありました。その他の評価方法としては、患者や親への問診により運動機能や生活の質を評価するものなどがありますが、いずれも客観的でも定量的でもなく、運動機能を正確に評価できません。
 加藤教授は、SMA新薬開発の臨床試験を行ってきており、臨床試験に常に潜むこの課題に対して、モーションキャプチャを用いて15年前から取り組んできましたが、臨床に即した新しい指標開発はなかなか進まず、世界的にもSMA治療薬の研究開発は非常に困難な状況に留まっていました。このたび、松丸博士とともに、約5年間の試行錯誤を経て、患者・保護者・臨床医の運動機能改善の実感に合致する、客観的・定量的なSMA患者の運動機能の評価指標を開発することができました。

【本研究開発の内容】
●指標開発のために行った動作解析方法
 一般的なモーションキャプチャを用いた動作解析では、マーカーを20個以上、被験者に装着するため、煩雑で、測定に長い時間を要するなど患者と測定者ともに大きな負担を強いられます。今回開発した評価指標では1つのマーカーを肘に装着するだけでよく(図2)、簡便に短時間で測定できるため、成人だけではなく小児においても非常に実用的です。
 モーションキャプチャで記録された動作は、マーカー位置情報の時系列データに変換されます。そして、運動の質を2つの評価指標「空間精確性(SpDe:Spatial Deviation)」(同じ動作を精確に反復できるか)と「なめらかさ(DiVa:Direction Variance)」(動作の変化は連続的か)に着目して数値化します(図3)。

図2 今回開発した評価方法を用いた動作解析の全体像(ボランティア小児での実際)

●健常者による筋力低下シミュレーション
被験者の肘にマーカーをつけて腕の上下を10回ほど反復する運動をモーションキャプチャで記録します。その後、重りを保持した場合での運動と比較します(図1)。健常者の場合、軌跡のブレが少なく、10回の軌跡がほぼ重なります(空間精確性が高い)。また、動きもなめらかです。一方、重りを保持することで、抗重力運動に関して筋力低下をシミュレーションすると、動作の質が変わります。この場合、軌跡にブレが生じ、ゆらゆら揺れるような動きになります。また、動きもなめらかではなくなります。こういった「動作の質」の変化を2つの評価指標「空間精確性」と「なめらかさ」に着目し、運動機能の低下を定量的に評価できることが示されました(図3)。

図3 「運動の質」の変化を「空間精確性」と「なめらかさ」に着目して定量化

重りを保持したときには、軌道にブレが生じ、動きもなめらかではなくなっている

●脊髄性筋萎縮症患者における治療効果評価への応用
SMA患者に対するTRHによる治療の効果を評価するために、治療前後の運動機能を評価しました。従来の運動スケールではスコアは変わりませんでしたが、モーションキャプチャを用いた評価方法では、「空間精確性」(図4左)についてはわずかに、「なめらかさ」(図4右)については大幅に改善が見受けられました。また、これは、患者の保護者や臨床医が感じている治療効果と合致していることを確認しました。

図4 脊髄性筋萎縮症患者に対する薬の効果をより鋭敏に評価

治療後に「空間精確性」がわずかに、「なめらかさ」が大幅に改善している

●運動機能の発達
運動機能の発達は、ある年齢において運動マイルストーンと呼ばれる「支えなしで座る」や「自力で立つ」といった粗大運動を達成するか否かで示されます。今回開発した評価方法を用いることで、各年齢における運動機能の参考値を定量的に導出することが可能です。

【今後の展開】
●神経筋疾患の治療に向けて
新たな治療法を確立していくためには、より多くの臨床データを収集することが肝要です。特にSMAのような希少疾患に分類されるような疾患においては、一施設や一研究者で集められるデータは非常に限られます。そこで、各施設から症例を集めることになりますが、今回開発した評価方法は多施設間でのデータの共有に非常に適しています。評価する運動データはデジタル化され、位置情報の時系列データとして保存されるため、データのシェアは簡便であり、再現性も高まります。また、モーションキャプチャの設備は、歩行訓練を行う多くの施設に設置されているため、高価な追加設備を導入することなく、多くの施設で臨床に用いることができます。過去データの利用が促進され、多くの研究者・臨床医がデータを共有し新たな評価指標の開発や、効果的な治療法に取組むことで、神経筋疾患の治療は新しい段階へと進化することが期待されます。

●臨床現場での利便性の向上
 大掛かりで高価なモーションキャプチャ装置ではなく、携帯情報端末と専用アプリによって測定できるようになりました。昨年9月に認可された新規SMA治療薬の効果判定などを含め、全国の臨床現場で簡便に活用することができると考えられます。

●高い汎用性
今回開発した評価方法は筋ジストロフィーや脳血管障害、ADHDなどの発達障害など、他の神経疾患にも応用可能であり、これまで困難だった、神経変性疾患の自然歴を把握することもできます。また、スポーツ・舞踊など身体運動の評価や、老化現象の把握や予防評価にも応用可能です。

【論文情報】
タイトル:New Quantitative Method for Evaluation of Motor Functions Applicable to Spinal Muscular Atrophy
論文著者:松丸直樹1 4(筆頭著者)、服部良2、一宮尚志1 3、塚本桂4、加藤善一郎1 5(論文責任者)
 1 岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科 医療情報学専攻
 2 岐阜大学医学部附属病院 リハビリテーション部
 3 岐阜大学大学院医学系研究科 医療情報学
 4 岐阜薬科大学 グローバル・レギュラトリー・サイエンス寄附講座
 5 岐阜大学大学院医学系研究科 小児病態学
掲載日:2018年1月22日(月)
掲載雑誌: Brain and Development  DOI: 10.1016/j.braindev.2017.12.003
※本リリースに用いられた図表は、上記論文の出版社より許可を得ております。

【研究者プロフィール】
加藤 善一郎(かとう ぜんいちろう)
1)岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科・教授(構造医学)
2)岐阜大学大学院医学系研究科・教授(小児病態学)
<略歴>
平成2年岐阜大学医学部医学科卒業、岐阜大学医学部小児科入局、平成9年岐阜大学大学院医学研究科修了(医学博士)、奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科(国内留学・研究員)、岐阜大学医学部 助手(小児科)、岐阜大学医学部 講師(小児科)、ハーバード大学分子細胞生物学留学 客員研究員、岐阜大学医学部 准教授(小児科)、岐阜大学大学院医学系研究科 臨床教授(小児病態学)などを経て、平成26年3月より現職

松丸 直樹(まつまる なおき)
1)岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科博士課程大学院生
2)岐阜薬科大学寄附講座グローバル・レギュラトリー・サイエンス特任助教
<略歴>
平成10年福島県立会津大学コンピュータ理工学部卒業、平成14年米国ウェイン州立大学コンピューターサイエンス研究科修了(修士)、平成21年ドイツ・フリードリッヒ・シラー大学コンピューターサイエンス研究科修了(理学博士)、岐阜大学医学部附属病院研究員などを経て、平成27年4月より現職