国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学

プレスリリース

2017年12月12日
Press Release

A20ハプロ不全症(若年発症ベーチェット病)の 新たな病像と治療法を発見

岐阜大学大学院医学系研究科、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科の研究グループ

このたび、岐阜大学大学院医学系研究科 小児病態学の深尾敏幸教授、大西秀典准教授、大学院生の門脇朋範医師、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 発生発達病態学分野の森尾友宏教授、金兼弘和准教授の研究グループは、多施設共同 […]

このたび、岐阜大学大学院医学系研究科 小児病態学の深尾敏幸教授、大西秀典准教授、大学院生の門脇朋範医師、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 発生発達病態学分野の森尾友宏教授、金兼弘和准教授の研究グループは、多施設共同研究により、これまで若年発症ベーチェット病と捉えられてきたTNFAIP3遺伝子変異により発症するA20ハプロ不全症(HA20)の国内の小児患者30名について遺伝子、症状、検査結果、治療等の臨床情報を分析しました。その結果、ベーチェット病の診断基準を満たす例は半数程度しかなく、また一般的なベーチェット病の症状とは異なる自己免疫疾患や橋本病(慢性甲状腺炎)を発症するなど、新たな病像を発見しました(図1)。さらにA20ハプロ不全症の難治症例では、抗TNF療法が試みられ、効果がみられていることが判明しました。この研究論文が米国のアレルギー・喘息・免疫学学会誌「Journal of Allergy and Clinical Immunology」に2017年12月11日(米国東部標準時間)に掲載されました。

【研究体制・位置づけ】
 本研究は岐阜大学大学院医学系研究科 小児病態学の深尾敏幸教授と大西秀典准教授、大学院生の門脇朋範医師、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 発生発達病態学分野の森尾友宏教授、金兼弘和准教授の研究グループが、京都大学大学院医学研究科発達小児科学、横浜市立大学大学院医学研究科発生成育小児医療学、かずさDNA研究所などとの多施設共同研究により行いました。この研究は文部科学省科学研究費補助金、厚生労働省科学研究費補助金難治性疾患等政策研究事業(難治性疾患政策研究事業)などの支援のもとで行われました。

【研究の背景:A20ハプロ不全症の発症メカニズム】
 ベーチェット病※1類似の早期発症型自己炎症性疾患として、TNFAIP3遺伝子がコードするたんぱく質A20のハプロ不全を病因とするA20ハプロ不全症が2015年末に報告されています。A20ハプロ不全症においては、TNFAIP3 遺伝子のヘテロ接合性変異により A20 の半量が喪失することで、TNF-αシグナル伝達の異常が起こり、種々の炎症性サイトカインが過剰産生され炎症が惹起されます。この原因遺伝子は優性(顕性)遺伝することが知られています。
 A20は、TNF-αシグナル伝達経路上で、その機能を抑制的に制御しています。体内で免疫システムが作動すると、免疫細胞からサイトカインが分泌されます。サイトカインの一種TNF-αの働きによって遺伝子転写因子NF-κBが活性化され、DNAの転写を促進し、標的遺伝子である炎症応答や免疫応答に関与する遺伝子の機能を有効にして炎症反応を誘導します。A20はNF-κBのシグナルを抑制し、過剰な活性化を起こさないよう制御する役割があります(図2)。A20に異常があると、NF-κB炎症反応を抑える機能が働きにくくなり、過剰な炎症が促進されます。

 ※1:ベーチェット病とは、口腔粘膜のアフタ性潰瘍、皮膚症状、眼のぶどう膜炎、外陰部潰瘍を主症状とし、関節炎、副睾丸炎、血管炎、消化器症状、神経症状などを副症状とする慢性再発性の全身炎症性疾患であり、急性炎症性発作を繰り返すことを特徴とし、原因は不明です。患者には4つの主症状がすべて見られる人もいれば、いくつかの主症状・副症状の組み合わせからベーチェット病と診断される人もいます。20代~40代を好発年齢とします。患者は日本、韓国、中国、中近東、東地中海沿岸に集中分布します。日本では難病指定されており、約2万人の患者が認められています。

【研究成果の概要】
 本研究グループがA20ハプロ不全症の患者について、Primary immunodeficiency database in Japan (PIDJ)、及び厚生労働省科学研究費補助金難治性疾患等政策研究事業(難治性疾患政策研究事業)の自己炎症性疾患研究班と連携して情報を収集したところ、国内で9家系30症例(30名の小児及びその家族内の患者)の症例が判明しました。
 従来、TNFAIP3遺伝子変異は若年発症ベーチェット病の原因であると報告されていました。ところが、これらの症例の臨床情報を分析したところ、TNFAIP3遺伝子変異を原因とする、ベーチェット病には当てはまらない、新しい病像が確認されました(図1)。症例には、ベーチェット病様の反復性口内炎、発疹、消化管潰瘍などの症状も見られましたが、ベーチェット病の診断基準を満たさない症例が詳細に分析できた22名中13名存在しました。さらに、ベーチェット病には通常見られない自己免疫疾患の合併が多く認められました。また、橋本病(慢性甲状腺炎)を併発している例、口内炎だけの例、口内炎はないが下血する例(クローン病と診断されていた)なども見られました。
 また、これらの症例のうち難治患者5例に抗TNF療法(TNFα阻害薬※2の投与)を試みたところ、有効性が確認されました。

 ※2:TNFα阻害薬は、TNFαと結合したり、TNFαとTNFレセプターとの結合を阻止したりすることで、TNFαのシグナルを抑える働きがあります。

<TNFAIP3遺伝子変異の試験管内(in vitro)機能解析>
 9家系で同定されたTNFAIP3遺伝子の変異はそれぞれの家系で固有のものであり、試験管内(in vitro)機能解析で全て病的変異であることが確認されました。既報告文献と同様、国内症例においてもTNF-α、IL-1β等の前炎症性サイトカイン産生の増加を認め、Th17細胞への分化過剰が認められました。
 図3は遺伝子変異のある対象症例の血液を用いてIL-17AとIL-4をそれぞれ産生する細胞の量を比較測定した結果です。正常な細胞においては点線枠部分のIL-17Aはわずかにしか検出されませんが、遺伝子変異がある症例の細胞では点線枠で示す部分のIL-17Aが一定程度検出され、IL-17A産生細胞(Th17)の過剰が示されました。
 図4は今回同定された遺伝子変異を形質転換した細胞(例として変異1~3)と正常な遺伝子を形質転換した細胞を培養し、TNF-αの刺激によるNF-κBの転写活性を実験した結果です。20ng/mlのTNF-αの刺激に対して、正常な遺伝子の細胞ではA20の働きによりNF-κBの活性が制御されますが、遺伝子変異がある細胞(変異1~3)では、NF-κBが制御されにくいことが示されました。

【論文情報】
タイトル:Haploinsufficiency of A20 causes autoinflammatory and autoimmune disorders.
論文著者:門脇朋範1(筆頭著者)、大西秀典1(筆頭著者)、森尾友宏2、深尾敏幸1(論文責任者)、金兼弘和2(論文責任者)
1岐阜大学大学院 医学系研究科 分子構造学講座 小児病態学分野、2東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 医歯学系専攻 生体環境応答学講座 発生発達病態学分野
掲載雑誌: Journal of Allergy and Clinical Immunology ,
DOI: http://dx.doi.org/10.1016/j.jaci.2017.10.039
論文公開 URL:http://www.jacionline.org/article/S0091-6749(17)31885-7/abstract

【研究者プロフィール】
深尾 敏幸(FUKAO, Toshiyuki)プロフィール
岐阜大学大学院 医学系研究科 分子構造学講座 小児病態学分野 教授・医学博士
<略歴>
1985年 三重大学医学部 卒業
1989年 岐阜大学大学院医学研究科 修了
1993年 岐阜病院新生児センター部医長、岐阜大学医学部 助手
2000年 クイーンズランド医学研究所 研究員
2002年 岐阜大学医学部 講師
2004年 岐阜大学医学部 助教授
2007年 岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科 教授
2013年 岐阜大学医学系研究科 分子構造学講座 小児病態学分野 教授

大西 秀典(OHNISHI, Hidenori)プロフィール
岐阜大学大学院 医学系研究科 分子構造学講座 小児病態学分野 准教授・医学博士
<略歴>
1998年 岐阜大学医学部医学科 卒業
1999年1月~2000年7月 高山赤十字病院 小児科医師
2003年3月 岐阜大学大学院医学系研究科 修了
2003年4月~2007年3月 横浜市立大学大学院総合理学研究科
       生体超分子システム科学専攻  共同研究員
2004年7月〜2006年3月 財団法人日本予防医学協会 リサーチレジデント
2006年4月〜2008年3月 岐阜大学医学部附属病院 小児科 医員
2008年4月~2011年3月 岐阜大学大学院医学系研究科小児病態学 助教
2011年4月~2014年12月 岐阜大学大学院医学系研究科小児病態学 併任講師
2015年1月~2017年9月 岐阜大学医学部附属病院 小児科 講師
2017年10月〜 岐阜大学医学部附属病院 小児科 准教授

門脇 朋範(KADOWAKI, Tomonori)プロフィール
岐阜大学大学院 医学系研究科 分子構造学講座 小児病態学分野
<略歴>
2004年〜2010年 島根大学医学部医学科 
2010年4月〜2012年3月 松江赤十字病院 初期研修医
2012年4月〜2013年6月 島根大学医学部附属病院 小児科後期研修医
2013年7月〜2015年6月 益田赤十字病院 小児科 
2015年7月〜2017年9月 岐阜大学医学部付属病院 小児科 医員
2016年4月〜      岐阜大学大学院医学系研究科 大学院生
2017年10月〜      松江赤十字病院 小児科

森尾 友宏(MORIO, Tomohiro)プロフィール
東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 発生発達病態学分野 教授、医学博士
<略歴>
1983年 東京医科歯科大学医学部医学科卒業
1989年 東京医科歯科大学医学研究科博士課程終了
1991年~1995年 ハーバード大学ボストン小児病院研究員、instructor
1996年~1999年 東京医科歯科大学 医学部 助手
2000年 東京医科歯科大学 大学院・医歯学総合研究科 助手
2001年~2004年 東京医科歯科大学 医学部附属病院 助教授
2004年~2013年 東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 准教授
2014年~    東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 教授
2016年~    東京医科歯科大学筆頭副理事(研究)、学長特別補佐

金兼 弘和(KANEGANE, Hirokazu)プロフィール
東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 発生発達病態学分野 准教授、医学博士
<略歴>
1986年3月 金沢大学医学部医学科 卒業
1991年3月 金沢大学医学研究科博士課程 修了
1998年度~1999年度 富山医科薬科大学附属病院 助手
2001年度 富山医科薬科大学医学附属病院 講師
2001年度~2004年度 富山医科薬科大学附属病院 講師
2006年度~2011年度 富山大学附属病院 講師
2014年度~ 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 医歯学系専攻 生体環境応答学講座 発生発達病態学分野 准教授